一汁一菜、一木材

ただの備忘録です

読書の夜明けの話

 

 一回目の記事が我ながらいい出来だったような気がするのでそれきりで満足してしまうかと思えたが、依然として文章を書く欲が消えることはなかったので、引き続きしょうもない話を展開していこうと思う。見てしまったのが運の尽きだ。どうかお付き合い願いたい。

 

 さて、始めが挨拶であったから、実質これが初めての記事になる。何を書こうか悩んだが、文章を書きたくなったという動機から生まれたこのブログ、であれば最初は私と文章について、私と文章との出会いの思い出について話すべきだろう。

 

 今でこそ、文学部とかいうところに入ってはいるものの、その昔、私は読書をそこまで好まなかった。小学生の頃の私はそれこそカツオもかくやというほど、家に帰ってきてはランドセルを放り投げ、友人と外で遊ぶという今では面影がない、なんともアウトドアな人間であった。

 その一方で国語が苦手であるというわけではなかった。国語の教科書を読むのは好きであったし、国語図表は授業そっちのけで眺めていた人間だ。しかし、自分から読書するのはかいけつゾロリ・こまったさん/わかったさんシリーズや伝記シリーズなど、半ば絵本であるものや、創作小説とは呼べないものが大半で、自主的に文字に手を伸ばすことはほとんどなかったことのように思う。

 こうして書き連ねていてわかるのは、つまるところ私は、授業以外で文字を追うことを怠けていたのであろう。

 

 そんな私を見かねたのか、双方とも読書家であった両親のどちらかが私に一冊の本を買い与えた。それが、『齋藤孝のイッキによめる!名作選 小学三年生』だ。(もしかしたら私が買ってほしいとねだったのかもしれないが、昔の私は、どうにもそんな願い事をする人間とは思えない。)

 名前の通り、一つの物語が収められたものではない。古今東西ジャンルを問わず、あらゆる物語が収録されている。短い話から興味あるものを見つけ、続きが知りたかったら別途買って読めばいいのではないかという小学生用の読書入門書であった。(ちなみに、本を渡されたとき私は小学四年生であった。少し、凹んだ思いがある。)

 

 その中でも色鮮やかな感動をしたのが、『名探偵登場』という物語だ。

 あらすじは、とある少女が住む家の隣に、一風変わった男が引っ越してくる。隣の家はとても人が好んで住もうとは思えない古びた洋館で、そんなところに住む人間だということだけでもヘンテコであるのに、あまつさえ表札に「名探偵」とまで書かれていたのだ。こんなに奇妙な人にはそうそう会えない。ということで、名探偵と名乗る男は何者なのか・そしてその男は本当に名探偵なのか?それを調べるために、主人公たちは調査を開始する。

 ざっとこんな話を私は読み進めていったのであるが、ぐいぐいと話に惹きつけられていく。まず調査対象の男が本当に奇妙なのだ。名探偵を自称するには記憶力があまりにも乏しく(自身の誕生日すら覚えていない)、服の着替えをそう持っておらず、食べることすら忘れていてもとても意地汚い。要するに、生活力と常識がないのである。なのに、どこか愛嬌があって憎めない。調査している少女側もチャーミングで、なおかつヘンテコな男に冷静にツッコミを入れていく。その軽やかなやり取りがやみつきになるのだ。

 そうこうしているうちに、調査している少女のとある秘密を、唐突に男はその圧倒的な観察力で見事に言い当ててしまう。

 

 私はそのとき、ピシリと一瞬止まった。青天の霹靂。ずっと文章を追っていたはずなのに、ずっとその男と同じ状況にあったのに、その秘密にちっとも気づけなかったのだ!

 脳にじわじわと汗が浮かぶのを感じながら、男の推理を読み進めていく。謎が紐解かれる言葉を読んで、その都度前のページへと戻って、なるほど確かにその手がかりは提示されていたと、納得と同時に悔しさも覚えた。一種の快感すら覚えたと記憶している。

 これまで物語を読んで面白いなとぼんやり感じるしかなかった私が、「もっと読みたい!もっとこんな思いをしたい!心の底から『やられた!』と思いたい!」と貪欲になった、そして本の方から「ちゃんと読め!」と語りかけられたのは初めての体験であった。が、無情なるかな。少女が負けを認め、男が真の名探偵だとして物語はふっつりと途切れる。当然だ。この本は入門編であって、この物語はその中の短い話の一遍でしかないのだから。

 

 …この体験からしばらくの後、私は初めて文庫本に手を出すことになる。それが、はやみねかおる著『夢水清志郎シリーズ』である。

 これが私と文章の、思い出せうる限り一番古く鮮やかな記憶である。そして、国語の教科書では知り得なかった「ミステリー小説」との出会いでもあった。その後は読書に対する怠け癖も多少抜けたのか、みんなご存知青い鳥文庫の様々な児童文学シリーズやら多くの小学生が拗れる元凶になったであろう『ダレン・シャンシリーズ』などに手を出すことになる。すなわち読書の夜明け。本格的な始まりであった。 

 

 …ちなみにこの話を書くにあたって、件の読書入門本をパラパラ読み返してみると、そこには『よだかの星』『杜子春』『時そば』『耳なし芳一』、他には星新一ショートショートさくらももこのエッセイなどそうそうたるメンツが収録されていたのだが、『名探偵登場』の話があったことしか覚えていなかった。よっぽど上記の思い出が衝撃だったのだろう。

 

 『夢水清志郎シリーズ』には、今後の生き方やら考え方に多大に影響を与えられたので、そのうち語ることもあるかもしれない。私は大人になった今でも、あの物語群を小学生の頃と変わらず抱きしめ続けているのである。

 

 それでは今回はここまで。グッドナイト&ハブ・ア・ナイスドリーム。なんちゃって。